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2017-07-20

一般社団法人インターナショナル・ゾクチェン・コミュニティ・ムンセルリン

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International Dzogchen Community of Munselling General Inc. Association

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ゾクチェンの教え

ゾクチェンとチベット仏教

rinpoche3.jpgゾクチェンとは、ゾクパ・チェンポというチベット語の短縮形で、「大いなる完成」(大円満もしくは大究境)、すなわち、すべての生きとし生けるものに、最初から内在的に備わっている心の本然の状態、すなわち「あるがままで完成している心の状態」もしくは「原初の境地」を意味します。

ゾクチェンの教えは、チベットにおいては、おもに、ニンマ派とボン教の二つの流れを通じて伝承されてきました。 チベットには、日本とほぼ時期を同じくして、仏教が伝来し、多くの経典がインドやウディヤーナ(ゾクチェンの発祥地)の言語からチベット語に翻訳されました。これらの経典に基づく伝統を、後に登場する新訳派と区別するために古訳派(ニンマ派)と呼びます。チベットでは一時期、廃仏政策が採られましたが、再度11世紀にインド後期密教が伝来し、それらの経典の翻訳がなされました。この経典に依拠する派を、古訳のニンマ派に対し、新訳派(サルマ)と呼びます。ゲールク派、カギュ派、サキャ派がその中心です。

一般に、ウディヤーナの地に出現した金剛サッタの化身ガラップ・ドルジェに由来し、パドマサンバヴァやヴィマラミトラ、ヴァイローチャナなどの高僧たちによってチベットに伝えられたニンマ派の修行・哲学体系の核心部分を「ゾクチェン」と呼び、新訳派が有する修行・哲学体系の核心部分を「マハームドラー」(大印契)と呼びます。

ゾクチェンのもうひとつの流れはチベット土着のボン教を通じて相承されてきました。古代ボン教は、ユーラシア全域に広がるシャーマニズムの一形態でしたが、後に改革が行われ、特に西チベットのシャンシュン王国を中心に発達しました。古代シャンシュン王国は、現在の西チベットに位置し、ウディヤーナと密接に関係する国ではなかったと想定されています。

ゾクチェンの教えの核心は、「心の本性とは何か」を知り尽くすことであり、日常生活を尊重する点に大きな特徴があります。その特徴について、ナムカイ・ノルブ・リンポチェは次のように述べられています。

「ゾクチェンの修行者は、完璧な覚醒した知恵を保ち続けれなければならない。自分自身の心を真に知り抜き、支配していくのである。そうでなければ、たとえ多くの説明を聞いたところで、その説明も紙の上のインクの染み、知識人の議論や理解に過ぎない。その真の意味を理解する可能性も生まれてはこない。ゾクチェンのアーガマの一つ、「クンチェ・ギャルポ」にはこのように書かれている。「心こそが、サンサーラ(輪廻)とニルバーナ(涅槃)をともに生み出す。だから、すべてを生み出すこの王を知れ!」

サンサーラ(輪廻)の幻のような不浄な顕れの中を私達は彷徨い続けている。だが、本当の意味で彷徨い続けているのは、私達の心なのだ。清浄な悟りも、それを悟るのは自分自身の心だ。心が浄化された時、初めて悟ることが出来る。すべての土台となっているのは、私達の心なのだ。心から、サンサーラ(輪廻)とニルバーナ(涅槃)、あらゆる有情と仏陀、すべてが生じてくる。

サンサーラ(輪廻)の不浄な顕れの中を彷徨っているのは何故なのか。「心の本然」、すなわち、私達の心の真の本質は、すべての始まりから、染み一つなく清らかだ。ただ、清浄な心は、一時的に無知の汚れによって曇らされ、自らの本来の境地であるリクパ(明知)を、知ることが出来ずにいる。自分自身の本然を知ることが出来ないために、幻のような思考や煩悩に基づく行為が生まれ、それによって、様々な悪しきカルマ(業)を積み重ねる。悪いカルマ(業)が結果に熟していくのは避けがたいから、六道の世界を彷徨いながら、ひどい苦しみを味わうことになる。このように、輪廻の根源は、自らの心の本然の境地を知らない点にある。そのため、幻影に惑わされ、心の本性であるリクパ(明知)から遠ざかることになってしまう。そして、幻のような行為が強力な習慣になってしまう。清浄な悟りについても同じだ。自分自身の心以外のどこかから、目の眩む様な光が差し込んで目覚めるということなどありはしない。本然のリクパ(明知)の境地が、すべての始まりから清らかなもので、ただ一時的な汚れによって曇らされているに過ぎないことを、はっきり理解する。そして気を散らすことなく、覚醒したまま、この理解を保ち続ける。そうすれば、汚れはすべて溶け去っていく。これが、ゾクチェンの道の心髄だ。」(ナムカイ・ノルブ『虹と水晶』(法蔵館)より)
IMGP1184.JPG「人間は様々な時代、様々な場所において、それぞれ独自の文化を創造してきた。だから教えを学ぼうとするときには、異なる文化と如何に関わっていくべきか、よく考える必要がある。その外側の形式ではなく、一番大切な核心を学びとるのだ。

例えばチベット文化をある程度知っていて、ゾクチェンを修行するためには、仏教かボン教に改宗しなければならないと思い込んでいる人もいるだろう。ゾクチェンはこの二つの宗教的伝統を通じて広がってきたからだ。けれどもそれは随分狭いものの見方だ。ある霊的な教えに従うと決めたら、着る物や食べ物、行為の仕方などを変えなければならないと信じ込んでいるのだ。

しかしゾクチェンは、何か特定の宗教的教義に固執したり、僧院に入ったり、盲目的に教えを受け入れて、“ゾクチェン主義者”になることを、求めているのではない。それでは逆に、真実の悟りを妨げる重大な障害になってしまう。

人間は、平気で、様々なものにラベルを貼ることを慣わしとしている。その結果、自分の枠組みの中に入ってこないものを理解することが出来なくなりがちだ。

私の個人的な体験を例にして考えてみることにしよう。私のことをよく知らないで、「どこの宗派に属しているのですか」と尋ねるチベット人に会うことがよくある。チベット仏教は、千年を超える歴史を持っているが、その過程を通じて、現在では四つの主だった宗派が存在している。そのためチベット人は、導師(ラマ)という言葉を耳にすると、きっとその宗派のどれかに属しているはずだと思い込む。ゾクチェンの修行者だと答えれば、恐らく、私が、ニンマ派に属していると思うだろう。ゾクチェンの経典は、ニンマ派の中で守られて来たからだ。また、私は、チベットの土着の文化を再評価するために、ボン教の本を何冊か書いたことがある。そのことを知っている人から、ボン教徒と呼ばれたことも実際あった。

しかし、ゾクチェンは、学派でも、宗派でも、宗教制度でもない。ゾクチェンとは、導師(ラマ)達が、宗派や僧院の伝統の周囲に形成されてきた制約を、すべて超えて伝えてきた、悟りの境地に他ならない。ゾクチェンの導師(ラマ)の中には、農民、遊牧民、貴族、僧侶、偉大な宗教的人格など、ありとあらゆる社会階層の人間がいた。その宗教的霊的出自も、すべての宗派に広がっていた。

例えばダライ・ラマ五世は、非常に高い政治的地位にあり、その義務を完全に果たしながら、同時に偉大なゾクチェン行者でもあった。 教えに本当に関心を抱いているのなら、宗派の狭い枠に閉じ籠ることなく、根本原理を理解することが必要だ。どの宗派にも、それぞれの組織や制度、ヒエラルキーが存在している。それによって、ある枠の中に嵌め込められてしまうことは、珍しくない。しかもそのことに自分で気付くことは、非常に難しい。

教えの本当の価値は、人間が生み出して来たすべての社会的、文化的要素を超えたところにある。そして教えが自分にとって、本当に生きているものであるかどうかを見るには、自分を制約している様々な要素から、どの程度自分自身を解き放つことが出来たかをただ観察してみれば良い。教えを理解し、またその修行の仕方も知っていると信じ込みながら、実際には、自分自身の真の本質の悟りから遠く離れた態度を取り続けたり、教義に縛られたままというのは、よくあることだ。

導師(ラマ)がゾクチェンを教えるとき、その導師(ラマ)はある悟りの境地を伝えようとしている。その目標は、弟子を目覚めさせ、その心を原初の境地に開くことだ。導師(ラマ)は「私の作った規律に従い、指示を守れ!」と命令したりしない。「自分の内なる目を開け。自分自身を観察せよ! 悟りをもたらしてくれるような燈明を、外に求めるのは止めろ。自分自身の内なる燈明を燈せ。そうすれば、教えは自分自身の中に生き、自分は教えの中に生きることになるはずだ」と言うのである。

修行者は、日常生活においても、教えの一番大切なエッセンスを実践する必要がある。ゾクチェンを、生き生きとした実践的知識とするのだ。もっとも重要なことはそのことだ。それ以外に特にやるべきことなどない。

仏教僧は、戒律を捨てずに、充分ゾクチェンを修行出来る。カトリックの僧侶、事務員、労働者にしても同じだ。社会的役割を捨てることなしにゾクチェンを修行することは、まったく可能なのだ。」(ナムカイ・ノルブ『ゾクチェンの教え』(地湧社)より)


『ゾクチェンの教えーチベットが伝承した覚醒の道』ナムカイ・ノルブ著、永沢 哲訳、地湧社 (Dzogchen Lo Stato di Autoperfezione)
『虹と水晶 チベット密教の瞑想修行』ナムカイ・ノルブ著、永沢 哲訳、法蔵館 (The Crystal And The Way of Light)